2018年5月19日土曜日

蓬の宿の姫君




国宝源氏物語絵巻の中に、「蓬生の巻」の絵があります。光源氏が惟光に導かれて、蓬をかき分けて、道も消えた荒れた庭を進んでゆく場面です。

いみじうあはれに、かかるしげきなかに、何ごこちして過ぐしたまふらむ、今まで訪はざりけることよ、とわが御心の情なさもおぼし知らる。(略)惟光も、「さらにえ分けさせたまふまじき蓬の露けさになむはべる。露すこし払はせてなむ、入らせたまふべき」と聞こゆれば、

尋ねてもわれこそとはめ道もなく 深き蓬のもとの心を

とひとりごちて、なほ下りたまへば、御さきの露を、馬の鞭して払ひつつ入れたてまつる。雨そそきも、なほ秋の時雨めきてうちそそけば、「御傘さぶらふ。げに木の下露は、雨にまさりて」と聞こゆ。(蓬生の巻) 



絵巻の絵には、鞭で蓬をかき分ける惟光に導かれて、傘をさして歩み入る源氏が描かれています。季節は初夏、さぞかし草深い庭だったのでしょう。
この生い茂った蓬の奥の茅屋には、末摘花が、源氏の再訪を信じて待ち続けていたのでした。

姫君はさりともと待ち過ぐしたまへる心もしるく、うれしけれど、いとはづかしき御ありさまにて対面せむもいとつつましくおぼしたり。(蓬生の巻)


その人の存在を、長く忘れて放置していた源氏は、何年もの間、心変わりすることなく、ひたすら源氏を信じて待ち続けていた末摘花の心根に感動して、この後、彼女を、自邸近くに設けた別邸に住まわせたのでした。

葎の宿にひっそりと過ごす姫が、貴公子に見出されて玉の輿に乗るという話型にのっとれば、その姫は、類まれな美貌。ところが、この末摘花は、期待を裏切って、むしろ世にも稀な不美人、機転も利かない古風な姫君。それでも源氏は、その誠実な人柄を、高く評価して、生涯、面倒をみたのでした。
こういう所に紫式部の人生観がうかがえるのではないでしょうか。






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