2018年10月29日月曜日

栗の実落ちるころ:王朝人も食べた栗






源氏物語には、一回だけ栗を食べる場面が出てきます。
宇治十帖で、薫が浮舟を覗き見する場面です。薫はこの時初めて浮舟を見ました。
まず、車から降りる姿を見て、その後は、隣の部屋の襖の穴から覗いています。
栗を食べているのは浮舟ではなく、侍女たちです。御主人様の浮舟は、疲れて横になったまま起き上がろうとしないので、侍女たちが勝手にむしゃむしゃ食べ始めました。

この時、浮舟の美しさに見とれて、じっと覗き続けた薫は、腰が痛くなりました。




(浮舟は)扇をつとさし隠れたれば、顔は見えぬほど心もとなくて、胸うちつぶれつつ見たまふ。(略)くだもの取り寄せなどして、「ものけたまはる。これ」など(侍女が浮舟を)起こせど、起きねば、二人して、栗などやうのものにや、ほろほろと食うも、聞き知らぬここちには、かたはらいたくてしぞきたまへど、またゆかしくなりつつ、なほ立ち寄り見たまふ。《宿木の巻》



ここで侍女たちが、ほろほろと音をたてて食べているのはどうやら干して乾燥させた栗のようです。季節が陰暦の4月、今の暦で言えば、5月か6月なので、去年の栗だと思われます。

ところで、源氏物語の登場人物はよく「くだもの」を食べます。お酒のつまみにも「くだもの」が出てきます。これはいわゆるフルーツとは限りません。上の場面でも栗が「くだもの」とされています。木の実一般や柿の実などをさしたものと思われます。自然にとれるこれらのものは貴重な食糧だったのでしょうね。


最近は栗の木もあまり見なくなって、お店で買うしかなくなりました。わがやの近くに一本だけ栗の木がありますが、実はあまり大きくなりません。











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 【声と響き 木霊する源氏物語】Vol.2
      朗読 岸本久美子 唄 上野洋子
 【日時】 2019年4月21日(日)14:00 開演
 【会場】 京都堀川音楽高等学校 音楽ホール

 詳しくは後ほどお知らせいたします。










2018年10月10日水曜日

荻の上風吹く頃



荻(おぎ)と萩(はぎ)の違いははっきりしていますが、荻(おぎ)と薄(すすき)の違いがわからず、ずっと悩んでいました。源氏物語には両方とも登場します。

薄は「ひとむら薄」と出てくる場合が多く、荻はなにかを結わえ付けていたりします。
ススキは風にそよぎ、オギはその上を風が吹きすぎてゆくといった表現が多いようです。
   
最近、やっと、ススキとオギのみわけが付くようになりました。(なったつもりです。写真 間違っていたらごめんなさい)
白く蓬けると違いが良くわかります。オギは猫の毛みたいにフワフワしていて、ススキはちょっとちくっとします。オギのほうが毛が長いのです。あとは生え方が違います。一塊になって生えるのはススキ、列になって生えるのがオギです。



源氏物語には、軒端の荻という女性が登場します。これは、光源氏が、空蝉という人妻と契るべく忍び込んだ寝室に寝ていた娘。源氏の君は、人違いと知りながら、ちゃっかりその若い娘と一夜を過ごします。その後は知らん顔でやりすごしたのですが、新しく男を通わすようになったと聞いて、文を送ります。

ほのかにも軒端の荻をむすばずは露のかことをなににかけまし

(軒端の荻は)心憂しと思へど、かくおぼしいでたるもさすがにて、御返り、口ときばかりをかことにて取らす。

ほのめかす風につけても下荻のなかばは霜にむすぼほれつつ《夕顔の巻》 

源氏の歌は、「あなたとは一夜の契りを結んだ仲だから、他の男を通わすことに、ちょっと怨み言を言う資格がありますよ。」といった意味です。「荻を結ぶ」とは契りをかわすことを意味しています。軒端の荻は、源氏から何の音沙汰もないことを辛く思っていたので、思い出してもらえたことを喜んですぐにお返事しています。
 この歌から彼女は軒端の荻と呼ばれるようになりました。

ススキは株になって生えますが、オギは横に並びます


もうひとつ、荻の登場する場面をご紹介しましょう。源氏の君が野分の後で六条院の女君たちを見舞って回る所です。明石の君の住む区画を訪問してみると、明石の君は琴を弾いています。源氏の君の訪れに気づいた明石の君は素早く衣裳を整えてお迎えしますが、源氏の君は風見舞いの挨拶だけをして、ちょっと腰かけただけで帰ってしまいました。

端のかたについゐたまひて、風の騒ぎばかりをとぶらひたまひて、つれなく帰りたまふ、心やましげなり。

おほかたに荻の葉過ぐる風の音も憂き身ひとつにしむここちして

とひとりごちけり。《野分の巻》 


もうすこしゆっくりしていって頂きたかったのに、荻の葉を過ぎる風のように私のところを過ぎて行かれた、という明石の君の満たされない思いがせつなく感じられます。











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 【会場】 京都堀川音楽高等学校 音楽ホール

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2018年10月1日月曜日

源氏物語にも登場する台風


元々、京都は滅多に台風の来ない土地柄ですが、今年は当たり年。
21号襲来の折には市内あちこちで大木が倒れたり折れたりして驚きました。屋根瓦を飛ばされた家も多数あり、いまだにブルーシートがあちらこちらで目につきます。

大木が三本倒れている

王朝時代にも、ごくまれに、大きな台風が京を襲うことがあったようです。
源氏物語には、まさにそれそのものの「野分(台風のこと)」という巻があります。

光源氏の息子夕霧は、台風の吹き荒れ始めた頃、一人暮らしの祖母を気遣って、泊まりに行きます。

宮(祖母の大宮)、いとうれしう、たのもしと待ちうけたまひて、「ここらの齢に、まだかく騒がしき野分にこそあはざりつれ」と、ただわななきにわななきたまふ。大きなる木の枝などの折るる音も、いとうたてあり。御殿の瓦さへ残るまじく吹き散らすに、「かくてものしたまへること」とかつはのたまふ。


宝ヶ池公園・折れた木で道が塞がれている


木の枝が折れたり、瓦が吹き飛んだりしています。「長く生きて来たけれど、こんな激しい台風は初めてだ」と恐ろしさに震えながら大宮が言っています。そして、こんな危ない中をよく来てくれたこと、 夕霧の来訪を喜びました。


この夜一晩、台風は吹き荒れ、朝はすっかり風もやみました。

勤勉な夕霧は、祖母の所から、まず、養母の花散里の舘に被害状況を見に行き、壊れた所の修理を指示しておいてから、その後、父光源氏の舘、南の御殿へも台風見舞いに行きます。

南の御殿に参りたまへれば、まだ御格子も参らず。おはしますに当れる高欄に押しかかりて見わたせば、山の木どもも吹きなびかして、枝ども多く折れ伏したり。草むらはさらにもいはず、檜皮、瓦、所々の立蔀、透垣などやうのもの乱りがはし。日のわづかにさし出でたるに、愁へ顔なる庭に露きらきらとして・・・・。


台風の過ぎたあと、築山の木々は折れ、草はなぎ伏せられ、屋根の檜皮や瓦が吹き飛ばされて落ちている。そして、垣根や塀は傾いたり倒れたりしている・・・・・そこに台風一過の明るい太陽が顔を出して庭の草の露がきらきら輝く・・・・・まったく今と同じです。


根から倒れてしまった木







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 【声と響き 木霊する源氏物語】Vol.2
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 【日時】 2019年4月21日(日)14:00 開演
 【会場】 京都堀川音楽高等学校 音楽ホール

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