2017年6月17日土曜日

蓮の花咲く頃

勧修寺の蓮池

 夏ごろ、蓮の花の盛りに、入道の姫君(女三宮)の御持仏どもあらはしたまへる、供養ぜさせたまふ。(略)閼伽の具は、例のきはやかに小さくて、青き、白き、紫の蓮をととのえへて、荷葉の方を合はせたる名香、蜜を隠しほほろげて、焚き匂はしたる、ひとつかをりに匂ひ合ひて、いとなつかし。(鈴虫の巻)

 
 女三宮の出家をひきとめることの出来なかった源氏は、尼削ぎの髪でいっそう幼く愛らしく見える女三宮に未練があります。

「せめて盛大な仏事を」と宮の持仏の開眼供養を行いました。ちょうど庭の池には蓮の花が次々に開く頃です。仏前には青や白や紫の蓮の造花が供えられ、蓮の葉を用いて蜂蜜で練ったお香が焚かれています。

 

「かかるかたの御いとなみをも、もろともにいそがむものとは思ひ寄らざりしことなり。 よし、後の世にだに、かの花のなかのやどりに、隔てなくとを思ほせ」とてうち泣きたまひぬ。

   

     はちす葉をおなじ台と契りおきて

              露のわかるるけふぞ悲しき

と、御硯にさし濡らして、香染なる御扇に書きつけたまへり。宮、
      

     隔てなくはちすの宿を契りても             

            君が心やすまじとすらむ

と書きたまへれば、「いふかひなくも思ほしくたすかな」とうち笑ひながら、なほあはれとものを思ほしたる御けしきなり。(鈴虫の巻)



 源氏は「こんな仏事をあなたとすることになるとは思わなかった」と、女三宮に語りかけ、「せめてあの世では極楽の中の池に咲く同じ蓮の中で共に過ごしましょう」と言うのですが、宮は「共にとお約束なさっても、あなたのお心は私の所にはございませんでしょうね」とにべもない返事をするのでした。

 当時の貴族の寝殿造りの邸宅には必ず池がありましたが、光源氏の六条院にも大きな池がありました。その一角に、蓮が多く揺れていたようです。極楽浄土に咲く花として大切にされていたようです。
 
 紫の上が亡くなった翌年の夏にも、光源氏は、池の蓮を見て、かつて二人並んで見たことを思い出して悲しみに沈んだことが書かれています。


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