2018年9月3日月曜日

扇とかはほり




 王朝貴族は扇を常に手にしていました。正装に檜扇は必須。女性の場合も衵扇と呼ばれる檜扇を持ちました。(そういえば、現代も、和服で正装の場合は扇子を持ちますね。)

そんなわけで、源氏物語にも扇はしばしば登場しています。扇には様々な役割があって、物を載せて渡す、顔を隠す、拍子をとる、名刺がわりに交換している場合もあります。


そして、夏は今と同じようにあおいで涼をとるという用途ももちろんありました。



 この夏扇は「かはほり」とも呼ばれていました。「かはほり(かはぼり)」は蝙蝠の異名で、広げた姿が蝙蝠の、翼を広げた姿に似ていることからそのように呼ばれたようです。こうもり傘と同じです。

 夏扇は今私たちが使っているものとほぼ同じですが、もう少し骨の数が少なく広がる角度も小さかったようです。


 夕顔の巻では夕顔と呼ばれることになる女性が、夕顔の花を載せるようにと、歌を書いた扇を差し出すという場面があります。この扇はかはほりと思われます。


「くちをしの花の契りや。一ふさ折りて参れ」とのたまへば、この押しあげたる門に入りて折る。さすがにされたる遣戸口に、黄なる生絹の単袴、長く着なしたる童の、をかしげなる、出で来て、うち招く。白き扇の、いたうこがしたるを、「これに置きて参らせよ。枝もなさけなげなめる花を」とて、とらせたれば、・・・。(略)ありつる扇ごらんずれば、もてならしたる移り香、いと染み深うなつかしくて、をかしうすさび書きたり。《夕顔の巻》 


 これがきっかけで、この女性と源氏の君の交際が始まり、短く熱い恋の果てに彼女は物の怪に襲われて亡くなってしまいます。

 
 夕顔の花ではなく、朝顔の花を扇に載せる場面もあります。これは薫が、思いを寄せていた大君亡き後、今では人妻となってしまった大君の妹、中君に心の憂いを訴える場面です。


声なども、(亡くなった姉上に)わざと似たまへりともおぼえざりしかど、あやしきまでただそれとのみおぼゆるに、(略)折りたまへる花を扇にうち置きて見ゐたまへるに、やうやう赤みもて行くも、なかなか色のあはひをかしく見ゆれば、やをらさし入れて、 よそへてぞ見るべかりけるしら露の 契りかおきし朝顔の花《宿木の巻》 

 歌の意味は「あなたを姉上と思って、私のものにしておくのだった。姉上はあなたを私に下さると約束なさったのではありませんでしたか」という、何とも厚かましい男のセリフになっています。 

ここでも中君の初々しい美しさが朝顔の花に重ねられています。

次は檜扇とかはほりが同時に登場する場面をご紹介しましょう。

源氏の君が久しぶりに訪れた女三宮の元から、朝早く帰ろうとして、自分のかはほりを探すうちにとんでもないものを見つけてしまったという場面です。

まだ朝涼みのほどにわたりたまはむとて、とく起きたまふ。「昨夜のかはほりを落として、これは風ぬるくこそありけれ」とて、御扇置きたまひて、昨日うたたねしたまへりし御座のあたりを、立ちとまりて見たまふに、御茵のすこしまよひたるつまより、浅緑の薄様なる文の押し巻きたる端見ゆるを何心もなく引き出でて御覧ずるに、男の手なり。《若菜下の巻》


 茵の下に女三宮がつっこんで隠しておいたものは、密通相手の柏木青年からの手紙だったのです。源氏はその筆跡からすぐにそれを察し、若妻女三宮のお腹の子供が自分のものではないことに気づいて衝撃を受けたのでした。
 
ここで、「風がぬるい」といわれているのは檜扇だと思われます。あおぐという実用には、かはほりがやはり適していたわけです。







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 【声と響き 木霊する源氏物語】Vol.2
      朗読 岸本久美子 唄 上野洋子
 【日時】 2019年4月21日(日)14:00 開演
 【会場】 京都堀川音楽高等学校 音楽ホール

 詳しくは後ほどお知らせいたします。





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