子供の頃、風邪をひいたりすると、リンゴをすりおろしたものや、みかんを絞ったものを与えられました。
源氏物語の中では、柑子は病重い人もかろうじて口にすることができるものとして出てきます。
つまり、柑子さえ食べられないということになればそれはもう回復の見込みがないということになるわけです。
一つは藤壺の宮の場合、もう一つは柏木の場合です。いずれも、柑子すら口にしなくなったとあり、その後やがて亡くなっています。
(源氏の君は)、近き御几帳のもとに寄りて、(藤壺の宮の)御ありさまなど、さるべき人々に問ひ聞きたまへば、親しき限りさぶらひて、こまかに聞こゆ。「月ごろなやませたまふ御ここちに、御行ひを時の間もたゆませたまはずせさせたまふ積りの、いとどいたうくづほれさせたまへるに、このころとなりては、柑子などをだに、触れさせたまはずなりにたれば、頼みどころなくならせたまひにたること」と、泣き嘆く人々多かり。≪薄雲の巻≫
この後すぐに、藤壺の宮は、涙ながらに語りかける源氏の君の言葉を耳にしながら燈火の消えるように静かに息をひきとってしまわれました。
もう一つの柏木の場合。柏木は、源氏の妻である女三宮とあやまちを犯し、それを知った源氏に一睨みされたことがきっかけで、病の床に就きました。
日ごとに病は重くなり、療養のため、妻のもとを去って父大臣の邸に移りました。
大殿(父大臣)に待ち受けきこえたまひて、よろづに騒ぎたまふ。さるは、たちまちにおどろおどろしき御ここちのさまにもあらず、月ごろものなどをさらに参らざりけるに、いとどはかなき柑子などをだに触れたまはず、ただ、やうやうものに引き入るるやうに見えたまふ。≪若菜下の巻≫
この後、柏木の病は回復することなく、衰弱が進み、やがて「泡の消えるように」亡くなります。
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