宇治十帖に登場する八の宮という方は、かつて、右大臣側が、東宮の位につけようと企んだお方です。時の東宮が、光源氏を後見役としていたことから、源氏と共に排斥しようとしたのでした。その企みが失敗した後では、白い目で見られ、誰からも見向きもされず、世間知らず故に、財産も失ってしまうのです。
慰め合って生きて来た妻にも先立たれ、二人の娘を育てなければならないという義務感に支えられて、かろうじて生きている、そんな八の宮でした。
乳母さえ逃げ出して、宮が、幼い娘たちの世話までしなければならなかったとあります。
庭の池に、つがいで遊ぶ水鳥を見て、宮は亡くなった妻を思って涙します。
春のうららかなる日影に、池の水鳥どもの、羽うちかはしつつ、おのがじしさへずる声などを、常ははかなきことに見たまひしかども、つがひ離れぬをうらやましくながめたまひて、君たちに、御琴ども教へきこえたまふ。
いとをかしげに、小さき御ほどに、とりどり掻き鳴らしたまふものの音ども、あはれにをかしく聞こゆれば、涙を浮けたまひて、
「うち捨てて つがひさりにし水鳥の かりのこの世に たちおくれけむ 心尽くしなりや」と、目おしのごひたまふ。(橋姫の巻)
宮の歌は「いつも番(つがい)でいたものを、みすてて去ってしまった水鳥、そのかりの子は、どうしてはかないこの世に残ったのか」と、母親に先立たれた娘たちを悲しく思う歌です。
宮は出家こそしていませんが、常に経を手から離さず、仏道精進の日々を送っていました。
後に、宮一家は京の家を火事で失い、宇治の山荘に移り住みます。薫がこの宮の存在を知って、宇治に通うようになったことから、宇治十帖が展開します。二人の娘は成長して、大君中君として登場する女君です。
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