2018年1月4日木曜日

光源氏の新春


2014夏 南アルプスから臨んだ夜明けの富士山

王朝時代のお正月は陰暦によるものなので、今の暦で言えば、2月の半ばほど。一番寒い時期が終わり、そろそろ梅が綻び始める時期でした。
源氏物語には新春が描かれた場面がいくつもありますが、光源氏の行動はその時期によって、色々です。まず、新築なった大邸宅六条院の、いかにもめでたい初春の描写を少し引用しましょう。源氏36歳の新春です。

年立ちかへる朝の空のけしき、名残なく曇らぬうららけさには、数ならぬ垣根のうちだに、雪間の草若やかに色づきはじめ、いつしかとけしきだつ霞に、木の芽もうちけぶり、おのづから人の心ものびらかにぞ見ゆるかし。まして、いとど玉を敷ける御前は、庭よりはじめ見所多く、磨きましたまへる御方々のありさま、まねびたてむも言の葉たるまじくなむ。春の御殿の御前、とりわきて、梅の香も御簾のうちの匂ひに吹きまがひて、生ける仏の御国とおぼゆ。(初音の巻) 


このあと、源氏と紫の上は新春を寿ぐ歌を詠みかわし、源氏は花散里、玉鬘、明石の君と順に女君の元を訪れます。満ち足りたお正月でした。

この年を遡ること10余年、源氏23歳の正月、彼は宮中に参賀した後で、前年に亡くなった妻葵上の実家、左大臣家に挨拶におもむきました。

朔日(ついたち)の日は、例の、院に参りたまひてぞ、内裏、春宮などにも参りたまふ。それより大殿(左大臣家)にまかでたまへり。(略)御しつらひなどもかはらず、御衣掛の御装束など、例のようにし掛けられたるに、女のがならばぬこそ、栄なくさうざうしけれ。(略)かならず今日たてまつるべきとおぼしける御下襲は、色も織りざまも、世の常ならず、心ことなるを、かひなくやはとて、着かへたまふ。来ざらましかば、くちをしうおぼさましと、心苦し。(葵の巻) 


左大臣家では、娘亡きあとも、婿のための新しい装束を特別に仕立てて待っていたのでした。すぐにその衣裳に着かえて、「来なかったらどれほどお気の毒だったことか」と思いつつ、舅、姑に優しい慰めの言葉を掛ける源氏は本当に良い婿です。



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