2017年7月23日日曜日

千年前と同じ声で蝉は鳴く

これはクマゼミ
源氏物語に登場して、結構重要な役割を果たしている蝉が、「ひぐらし」です。数えてみると、なんとひぐらしは全部で五つの場面で登場しています。
 夏の昼下がり、山蔭で甲高く華やかな声で鳴いて昼寝の夢を破る、今も昔も同じです。もっとも、昔は、もっともっとひぐらしも多かったことでしょう。


さて、光源氏が、紫の上の看病にかまけて、長くご無沙汰していた若い妻・女三宮の元を、ひさしぶりで訪れた時のことです。

 昼の御座にうち臥したまひて、御物語など聞こえたまふほどに暮れにけり。すこし大殿籠り入りにけるに、ひぐらしのはなやかに鳴くにおどろきたまひて、「さらば、道たどたどしからぬほどに」とて、御衣などたてまつりなほす。「月待ちて、とも言ふなるものを」と、(女三宮が)いと若やかなるさましてのたまふは、憎からずかし。「その間にも」とやおぼすと、心苦しげにおぼして、立ちとまりたまふ。
     
      (女三宮)夕露に袖濡らせとやひぐらしの
             鳴くを聞く聞く起きてゆくらむ
片なりなる御心にまかせて言ひ出でたまへるもらうたければ、ついゐて、「あな苦しや」と、うち嘆きたまふ。
    
     (源氏)待つ里もいかが聞くらむかたがたに
             心さわがすひぐらしの声(若菜下)


ひぐらしの声に目覚めた源氏が、もう夕暮れになっているのに驚いて、帰ろうとすると、女三宮は「私が涙で袖を濡らして泣くのを置いて、ひぐらしの声を聞きながらお帰りになるのですか」と源氏を引き留めました。源氏は病身の紫の上が気になりながら、結局、この夜は女三宮の元に泊まりました。そして、翌朝、ひとり早く起きて帰ろうとして、柏木が女三宮に宛てた手紙を発見してしまうのです。
 若い妻が、若い男と密通していたことに、源氏は衝撃を受けます。
 もし、女三宮がひぐらしの歌で源氏を引き留めなかったなら、この後の、柏木が死んでしまうという悲劇は起こらなかったかもしれません。

 もうひとつだけご紹介しましょう。
 その柏木が亡くなったあと、柏木の妻であった落葉の宮に、柏木の親友(源氏の息子でもある)夕霧が心を寄せ、妻雲居の雁の怒りをかっていた時のことです。落葉の宮の母から来た手紙を、雲居の雁が奪って隠してしまいます。翌日、
朝から探し回っても見つからず、うっかり夕霧はうたたねをしてしまいます。

 ひぐらしの声におどろきて、山の蔭いかに霧りふたがりぬらむ、あさましや、今日この御返りことをだにと、いとほしうて、ただ知らず顔に硯おしすりて、いかになしてにしかとりなさむと、ながめおはする。御座の奥のすこし上がりたる所を、こころみにひき上げたまへれば、これにさしはさみたまへるなりけりと、うれしうもをこがましうもおぼゆるに、うち笑みて見たまふにかう心苦しきことなむありける。胸つぶれて、一夜のことを心ありて聞きたまうけるとおぼすに、いとほしう心苦し。昨夜だに、いかに思ひ明かしたまうけむ、今日も、今まで文をだにと、いはむかたなくおぼゆ。(夕霧)

 
 ひぐらしの声ではっと目をさまして、昨夜の手紙を再び探し、やっと見つけました。良かったと喜んで文面を見ると、さあたいへん。
 落葉の宮の母君は、先日夕霧が落葉の宮と母の住む山荘に泊まった折に、娘と夕霧は契りを交わしたと誤解し、一夜限りで訪れのないことから、娘は捨てられたのだと思い込んでおられることがわかったのです。夕霧はあわてて弁解の手紙を出しますが、元々病の床にあった母親は絶望し、夕霧を激しく恨んだまま息絶えてしまいます。

 いずれの場合もひぐらしの鳴き声は悲劇の前奏曲になっています。
 寄せては返す波のようなひぐらしの鳴き声は、はなやかながら、どこか悲しい響きがあります。山蔭の道を歩きながらその声を聞くと、切ない郷愁のようなものを感じます。



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