9月16日、今日の朝顔は、台風接近で雨と風にさらされて心細げに揺れています。 夏の始まりの頃、あれほど誇らかに、あでやかに咲いた朝顔が、今は、花も一回り小さくなって、弱々しい姿を見せています。
朝顔の斎院という方は、若いころから源氏の恋の対象でしたが、彼女は決して源氏になびくことはありませんでした。斎院を退下した彼女の元を、源氏は久々に訪れ、縷々思いを訴えますが朝顔はとりあいません。失望して帰宅した源氏が、翌朝、彼女にみすぼらしく咲いた晩秋の朝顔につけた文を送ります。
(源氏は)疾く御格子参らせたまひて、朝霧をながめたまふ。枯れたる花どものなかに、朝顔のこれかれにはひまつはれて、あるかなきかに咲きて、にほひもことにかはれるを、折らせたまひて(朝顔前斎院に)たてまつれたまふ。
「けざやかなりし御もてなしに、人わろきここちしはべりて、うしろでもいかが御覧じけむとねたく。されど、
見しをりのつゆ忘られぬ朝顔の
花の盛りは過ぎやしぬらむ」
「あなたも花の盛りは過ぎたでしょうか。」と言っているわけですから、随分失礼な歌だと思うのですが、当時の人の感覚は違ったのかもしれません。
この文に対して、前斎院は気を悪くもせず、返事をしています。
「 秋果てて霧の籬にむすぼほれ
あるかなきかにうつる朝顔
似つかはしき御よそへにつけても、露けく」
霧につつまれた垣根に、あるかなきかの風情で色あせて咲く朝顔はまさに私そのもの。そんな自分の姿に涙しています。・・・・といった内容の文。
源氏の甘い言葉には見向きもせず、それでいて失礼にはならないように応対する。礼儀正しく凛とした風情の朝顔前斎院。素敵だなと思います。
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