王朝人のお庭には大抵一叢薄があったようです。庭の薄は、手入れを怠ると、あっという間に生え広がってしまいます。
源氏物語のなかでも、しばらく空き家になっていた三条の邸・ 主人を亡くして悲しみに沈む落葉の宮の邸・いずれも、一叢薄が、「ひとむら」ではなく、茂り放題になっていることを述べて、庭が荒れた状態を表しています。
まず新婚の夕霧が三条の邸に手を入れて新居とするという場面を見ましょう。
すこし荒れにたるを、いとめでたく修理しなして、宮のおはしましたるかたを改めしつらひて住みたまふ。昔おぼえて、あはれに思ふさまなる御住まひなり。前栽どもなど、小さき木どもなりしも、いとしげき蔭となり、一叢薄も心にまかせて乱れたりける、つくろはせたまふ。遣水の水草も掻きあらためて、いと心ゆきたるけしきなり。(藤裏葉の巻)
夕霧と雲居の雁、幼いころからの恋が実って結婚したふたりは、肩を寄せ合って綺麗に整えられたお庭を眺めています。
この次に一叢薄が登場するのは、同じ夕霧が、親友柏木の没後、未亡人となった落葉の宮の住む一条の宮邸を訪れる場面です。この未亡人に夕霧ははじめての浮気心を抱くのですが。
かの一条の宮にも、(夕霧は)常にとぶらひきこえたまふ。(略)前栽に心入れてつくろひたまひしも、心にまかせて茂りあひ、一むらすすきもたのもしげにひろごりて、虫の音添へむ秋思ひやらるるより、いとものあはれに露けくて、分け入りたまふ。(柏木の巻)
源氏物語で薄が出てくるのは、多分、この二つの場面だけなのです。夕霧の結婚と浮気、紫式部が意識したかどうかわかりませんが、ちょっと皮肉ですね。
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